第三章 出版までの道のり

第三章 出版までの道のり

吉本ばななさんが大好きで、小説家になりたかった幼少期

処女作は幼稚園に通っている頃に書いた「雨の日の思い出」というお話です。
お母さんがお出かけをしている間に、お友達と雨の日に一緒にお留守番をする短編ストーリーでした。
この時期は、リカちゃん人形が大好きでした。
母に
「なんでリカちゃん人形はこんなに可愛い顔をしているの?」
と聞いたら
「フランス人と日本人のハーフだからよ。ハーフは本当に可愛いのよ~」
と教えてくれました。
とにかく血が薄いと可愛い子が生まれやすいということを幼稚園児のわたしに説明をしてくれました。

【がいこくじんとけっこんをしてハーフのこどもをうむ!】
今思えば、これはわたしのはじめての〝夢〟だったかもしれません。

小学生の時は絵本にハマり、一年間に二〇〇冊以上読みました。

その後、吉本ばななさんの「TUGUMI(つぐみ)」という本に衝撃を受けます。
〝本を書くような面白い人達の輪の中に入りたい〟
いつしかその様な夢を描くようになりました。
歌を歌うことも好きで、歌手やタレントになることにも憧れていました。
憧れるだけでなく、本気でなりたかったので作品を応募したり、芸能事務所のオーディションにもチャレンジしました。

「国民的美少女コンテスト」というオーディションの書類選考に合格して、母と一緒に東京に行ったこともあります。

 

本を出版しようと思った理由

本を出版したかった理由は、もともとは小説家になりたい!という夢からです。
吉本ばななさんみたいな作家になりたい!という憧れからです。
また、いつからか自分の本がドラマ化か映画化されたら、その主題歌をわたしが作詞作曲して歌いたい!と思っていました。

本を出版するということは、夢がたくさん詰まっているように感じました。
作家は自由で才能がある人ができる仕事という印象があります。
満員の通勤電車に乗って会社に行かなくても、担当者が自ら家に来て「先生!原稿をお願いします!」と待っているようなイメージでした。
わたしは本屋さんに行くことが昔から大好きでした。
自分の書いた本が本屋さんに並ぶのは、なんて素敵なんだろう…と憧れていました。
文章を書くことが好きで、夏休みの読書感想文の宿題が大好きでした。

兵庫県に住んでいた高校時代に「阪神・淡路大震災」について書いた作文が表彰されました。
わたしは転勤族で震災の時は兵庫県にいなかったのですが、当時感じたことや今の気持ちを文章にしました。
その時に、賞品として図書カードか何かをいただいた記憶があります。
表彰されたことはもちろん、自分の文章がそうやって〝形〟として評価されたことが嬉しかったのです。
絵を描いたり文章を書くこと、音楽が昔から好きだったので〝好きなこと〟が仕事になれば嬉しいと思いました。
また売れっ子作家の〝印税生活〟という響きもカッコイイなぁ!と思って憧れていたのです(笑)。

 

企画を持ち込む!わたしがやった売り込み方法

何度もお伝えしているように、わたしは自分で出版社に持ち込みました。
この企画ならば、ここならカラーに合いそうだと思った出版社に、こちらから連絡をとりました。
電話やメールは数え切れないくらいしています。
メールでは企画書を受け付けていない出版社には郵送をしました。

わたしが幼い頃から、実際にやった売り込みは様々です。
幼少期は、漫画を描いて原稿を送っていました。
『りぼん』 (RIBON) という集英社が発行する日本の漫画雑誌の募集要項を見て送ったこともあります。
小説も、様々な募集要項を見て応募していました。
小説を自費出版しないかと声を掛けられたこともあります。
その時のお話では、一〇〇万円くらい必要だったので、わたしには自費出版はハードルが高すぎました。

「出版社から出してもらえないんですか?」と電話で聞いたこともあります。
その時に言われたことは…。
「あなたがキムタクならどんなつまらない本でも出してあげるけど!」
でした。

本は内容よりも、知名度なども必要なのかな…とその時に感じました。
その後、試行錯誤を重ねて様々な方法で出版の夢を叶えようとしました。
そしていよいよ、何年も年月を経て出版にまで辿り着きます。

 

出版の企画書は誰が書いてどのようにまとめたのか

企画書は自分でまとめました。

その時の売り込み方法は、出版社に企画書を送るというやり方でした。
企画書を見てもらえないかと電話やメールで問い合わせをしました。
とにかく数打ち当たれと一つの企画でも一〇〇通くらいは企画書を送りました。
「あなたは文学部出身ではないから無理です!」と断られたこともあります。
企画書は全部自分で考えて書きました。
書き方は調べましたが、タイトル、自分のプロフィール、目次、読者ターゲット、自己PRなどを書いて送りました。

出版の企画書の書き方など今ならネットで探せばあるかもしれませんが、当時はスマートフォンに切り替わる時期で情報がそんなになかった気がします。

自己PRに関しての啓発本を買って色々研究した記憶があります。
それをしたことで直接的に効果があったかはわからないです。
でも、〝成功している人は諦めない人〟という内容の本を読んで、企画書が選ばれなくても何度も何度も立ち上がって頑張れました。

諦めない!

わたしは絶対に本屋さんに並ぶ本を出版する!
そう決めたことに揺るぎはありませんでした。

 

人気テレビ番組に出演!YouTube動画回数がすごいことに!出版決定!

無名のわたしがどうやったら本を出版できるのか。
テレビ番組に出演できたら、その実績で書籍化も夢ではないのでは?と思いました。
わたしは当時、ひどいO脚だったのですがウォーキングを習い一週間でO脚を治しました。
本来ならば一週間では治らないのですが、血尿になるくらいかなりストイックにO脚改善ポーズをやりました。

テレビでは一週間になっていましたが、実際は五日間くらいでほぼ改善しました。
二〇一〇年の話ですが、現在(二〇一八年)もO脚は改善しています。

あの五日間で治ったなんて!
自分でも驚きです。
日本テレビのとある人気番組に応募して、見事にテレビ番組で放送されました。
わたしは益若つばささんが大好きで、収録でお会いできるかなと期待していたのですが入れ替わりのタイミングでお会い出来ませんでした。
益若つばささんではなく、わたしの収録は辻希美さんでした。
生で見る久本雅美さんやTOKIOの山口達也さん、はるな愛さん…
テレビの世界だけではなく現実にいる人達なんだ!と思いました。

テレビ番組の力は凄い!

わたしが出演した一週間でO脚改善した番組の動画を誰かがアップしていましたが、YouTubeの再生動画回数は約二九万回です。
放送直後もYouTubeにアップされていましたが、著作権の関係で消されていました。
当時のYouTubeも物凄い数字の再生回数でした。
この再生回数などを企画書にいれて、本の出版をしたいと出版社に一〇〇通くらい企画書を送りました。

O脚で悩む女性は多いことや、一円もお金を掛けずに自分でやれば治ることをアピールしました。
また、O脚矯正サロンに行けばお金が掛かるので、この企画書の本を読んで自宅で改善できることがどれだけ経済的で魅力があることなのかを説明しました。
一〇〇通近く企画書を送ったところ、出版社から二件の反応がありました。
二社ともお伺いして、何とか商業出版できないかと伝えました。

 

自分の企画だったけれど著者は違う人で出版された話

試行錯誤の上、諦めずアタックし続けているうちに、ある一社との出版決定の確定が取れました。
わたしの企画が通ったのです。
テレビ番組でも話題になった実績もあるので、わたしがO脚改善したことをぜひ本にしたいとのことでした。
わたしはウォーキングスクールに通ってO脚が改善しました。
なので、ウォーキングスクールの先生と打ち合わせもしないといけないということになりました。
やっと出版ができる!というところまで話が進んでいました。
ウォーキングスクールの先生は、事務所に所属されていたので、その事務所にお伺いして打ち合わせをしました。

それからしばらくしてからのことです。
気づいたら著者がすり替わっていて、わたしではなくなっていました。
わたしが必死で企画書を送り、営業した本です。
もちろん、わたしが本を出版すると思っていたので、企画会議にも参加しています。
その本はハウツー 本だったので、DVDも付けるアイデアなど全部わたしの提案した内容は採用されていました。
ただ、著者だけが入れ替わっていました。
つまり、わたしの本ではなくなっていたのです。
ウォーキングの先生の本になっていました。

夢がやっと叶うと思ったのに…
ウォーキングの先生が所属している事務所に電話をしました。
担当の女性にどういうことかと聞きました。
すると…。
「(ウォーキングの先生が)今まで苦労してきた人だから成功して欲しい!」
と言われました。

わたしの著書ではないけれど、わたしは著書(ウォーキングの先生)の生徒体験談で出演はできることになっていました。
わたしは、「企画書を一〇〇件近く送ったにも関わらず、先生の本になっていることに納得がいかない!」と伝えました。
せめて共著という形で歩み寄ってもらえないかと相談しました。
その事務所の担当者は
「だったら、本に出演してもらわなくてもいいわよ!こっちはいつでも、あんたなんか切ることができるんだからね!」というような言い方でした。

ウォーキングの先生のFacebookを見ると、明日は今度発売される著書の表紙撮影です。
ネイルにエステにヘアサロンに忙しいけど、ワクワク~♪
というような文字が並んでいました。
こんなにサクッと著者がすり替わってしまうことが実際にあるんだ…
精神的にショックが大きく、立ち直れなくなってしまいました。

 

誰の企画かではなく、ネタの出所がどこなのかが大事!

当時は相当ショックでしたが、誰の企画なのかということは重要視されません。
出版社は誰の企画かではなく、ネタの出所がどこなのかを最初に考えます。
出版業界ではよくあることだそうです。
もちろん、わたしからしたらショックな話ですが出版社の人間なら、それは盗作でもなんでもない、と言われるのがオチです。

なぜなら、出版社は〝誰の企画か〟よりも〝ネタの出所はどこか〟を最初に考えるからです。
もし、なにもないままに、わたしの名前で出してしまったら、後から知った元々メソッドを考えた方からクレームになりかねません。
最悪、裁判沙汰になるかもしれないのです。
そっちの方が、わたしにはダメージが大きかったかもしれないのです。
出版社としては、だからこそまずはその先生にお伺いを立てたのだと思います。
先生からしたら、え?嬉しい!
というような感じで、トントン拍子で出版が決まったのでしょう。
出版社サイドではよくある話なので、なんとも思わなかったと思われます。

もちろん、そんな世界だとは出版素人のわたしは知らなかったです。
この件があったからその後、わたしは文章を書くことを仕事にできるようになったのでとても勉強になった出来事でした。
それなら時間を有効的に使いたいので、わたしが著者にならないと決まった時点で、すぐに伝えて欲しかったと思います。
今思えば、それだけが残念でした。

その当時、わたしはネイルの勉強をしていました。
ネイル検定三級には既に合格して、さらに上を目指し二級の勉強の真っ最中でした。
ネイリストになりたかった訳ではないのですが、日本のネイルの技術は世界的にも高く資格は欲しいと思っていました。
ファッションやメイクが大好きで、自分の爪を綺麗にできれば素敵だと思ったのです。
歯科衛生士の仕事ではネイルが出来ないことが多かったので、余計に憧れていたのかもしれません。
ネイルの勉強は、授業料やネイルに関する道具、当日の試験のモデルさん探し、そして何より合格できる技術を身につけないといけません。
わたしはその時、検定だけは一応受験しましたが本の出版に向けてすごくエネルギーを注いでいました。
ネイル検定はまたチャンスがあるけれど、出版は人生に一度しかないチャンスだと思っていたからです。
当時は、その後の人生に本を出版できる機会に恵まれる未来があるとは思っていませんでした。

後に、すごく親切な編集者の方ならば〝企画料〟を支払ってくれる場合もあると知りました。
商業出版後に、新刊について打ち合わせをしていた時です。
わたしの企画のタイトルがすごく良いけれど、このノウハウに関してはもっとその世界のプロフェッショナルに聞いた方が良さそうな美容ダイエット本でした。
すごくキャッチーで売れそうな内容だと編集者さんが思ってくれた様子でした。
「めいさんが良ければ、この著者に執筆依頼をします。めいさんには企画提供者としてお支払いをします」と言われました。
結局、その企画は「考えたい」とお返事したのでお蔵入りになっています。
「ちなみにおいくらですか?」と聞いたら思っていた金額の一〇倍くらいを提示されていたので、今からでも企画提供しても良いのかな、なんて思っています(笑)。

 

絶望~ゼロからのやり直しで辿り着いたタイ

二〇一一年。
とにかく、その本の発売日に日本にいたくないと思いました。
日本から逃げたい!海外に行きたい!と思いました。
そして、自由の国!アメリカに行こうと決めました。

留学を斡旋してくれるエージェントに申し込みに行きました。
その一ヶ月前からとにかく日本から出たくてグアムに行ったのですが 、それまで国内線も含めて人生で一度も飛行機にすら乗ったことがなく、もちろんパスポートも持っていませんでした。
そんなわたしが、海外といって思いついたのは〝アメリカ〟でした。
「アメリカに行きたいです」
担当の方にそう相談すると、
「君の予算では厳しいよ」と言われました。 わたしの予算は、飛行機代や海外保険、滞在費などすべて含めて一五万円くらいでした。

そのとき、担当の方が言いました。
「タイなら一五万円でも大丈夫ですよ」

「タイ?」
「どこにありますか?」
「英語で大丈夫ですか?」
たくさんの疑問がありましたが、わたしはタイに行くことに決めました。

二〇一一年、タイ北部に位置するチェンマイという都市で三週間を過ごしました。
タイからの帰国後、行く前よりも元気になった気がします。
微笑みの国で、タイ人やそこで出会った日本人に助けられたのだと思います。
けれど、あまりにも自分の本が出版されなかったショックが大きかったようで、眠ることができず精神的にも不安定でした。
徐々に病院で処方された薬がやめられるくらいに、精神的な苦しみから解放されました。
わたしはそれから、次こそは自分の本を出版したい!その為にはどうすれば良いのかを常に考えるようになりました。

それから月日は流れます。

 

自分の企画を自分が著者として出版する為の対策

既に本を出版されている著者も、これから本を出版したいと思っているあなたもネタの出所には気をつけてください。
誰の企画なのかということは重要ではありません。

二〇一三年になって、その答えが少しずつ見えてきました。
それは〝わたしにしかできない本を出版すること!〟。

わたしは歯科衛生士の国家資格を持っていて、上京してすぐに歯科衛生士として働いていました。
歯科衛生士の仕事をしながら音楽活動をしたり、歯科医院を辞めて音楽活動だけしたりと様々な時期がありました。
歯科衛生士の本ならば、誰かが簡単に著者をすり替えることは難しいだろうと思いました。
この仕事は国家資格なので、すぐになれるような職業ではありません。
歯科助手の場合、資格がなくても出来ますが、歯科衛生士は国家資格です。

歯科衛生士の本、わたしだから書ける本を書こう!と決めました。

また、出版プロデューサーなどわたしの味方になってくれる第三者も出版に関わってもらったことも大きかったと思います。

出版プロデューサーには営業の時点か出版後かに当たり前ですが、お金を支払います。
これは著者がどんな契約を出版プロデューサーとしているかによりますが、向こうも仕事としてやってくれているので心の支えになります。
わたし自身、次は自分名義の本が次こそは出版できるのか、あの件依頼トラウマになっていたので出版プロデューサーがいてくれて安心しました。
何度か出版社に足を運んだ時も、出版プロデューサーが同行してくれました。

 

自分の企画の著者が違う人で出版されたから今のわたしがある!

今、思えばその事件がなければわたしは一生海外に行くこともなかったかもしれません。

その時期、かなり病んでいたので月に数万円近くお金を使って占いに通ったりもしていました。
今も占いは大好きですが、当時はすがるように占いに通っていました。
一種のカウンセリングだと思っていました。

その占い師さんに「海外に行けば運が開ける」
と、言われたのです。

わたしはその言葉を聞くことがなければ、一生パスポートすら持っていなかったかもしれません。
実際に海外へ行くようになってから運が開けました。
また、海外に行って視野が広がったからこそ、自分にしかできないことを見つけられた気がします。

仲谷 めいだから出来ること、
仲谷 めいにしか出来ないこと、
それって何だろう。
自分自身と、とことん向き合う時間になりました。

大好きな作家の吉本ばななさんで言えば、ばななさんにしか書けない小説の世界観があります。
〝仲谷 めいさんだから!〟
〝あなたにしかこれはできない!〟
そういうものを追求しないといけないと思いました。
もし、本当に出版をしたいならば、それから逃げてはいけないと思ったのです。

わたしにしかできない企画、
わたしだから書ける本、
誰かにその企画が奪われるような内容だといけないんだ…。

長い時間考え、ものすごく苦しみました。
誰かのノウハウで実績が出てもダメなんだ。
わたしはわたしのオリジナルのノウハウで勝負しなくては。
その時に気づいたのです!

歯科衛生士のわたしだから、国家資格を取得しているお口の専門知識があるからこそ教えられること。

そうだ!

わたし、歯科衛生士の目線でのオーラルセックスならば教えられる!と。

かなり突拍子もないですが、「これならいける!」という気持ちがありました。
というのも、顎関節症の治療を得意とする都内の歯科医院で働いていた時に顎関節症の原因はフェ○チオなんじゃないかな?とずっと思っていたからです。
顎が華奢で綺麗な女性ばかり来院されるのです。
夜な夜な男の竿をくわえて患っているのではないか…と思っていました(もちろん、患者さんに直接伝えたことはないです)
顎関節症について、自分なりに勉強をすればするほどわたしは、その答えに辿り着きました。
顎に負担を掛けないでやるには…
と医学的な目線から逆算して考えました。

また、テクニックとして唾液を上手に駆使すれば、顎の負担を減らせます。
一般的には学校で習いませんが、唾液腺という唾液を分泌する器官があります。
唾液腺には、大唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)と、小唾液腺があります。
そして、唾液を上手くコントロールすることで自分の唾液を自由自在に操ることができます。
(この辺りは、著書『歯科衛生士が教えるかわいいオーラルセックス』(星雲社)に書いてあります)
また、当時ちょうど『女医が教える 本当に気持ちのいい セックス』(ブックマン社)が大ヒットし話題になっていました。
次はわたしの出番だ。
歯科衛生士が教える オーラルセックスだ!
と思いました。

その後、オーストラリアのセックス講座に行きました。

 

最初の出版社は大事?

最初の出版社が聞いたことがない出版社よりは、できれば聞いたことがある出版社の方が良いとは思います。

わたしは、選べるような立場ではありませんでした。
実際に企画を持って行くとわかりますが、選べるほど簡単に企画が通らなかったです。
すごく大きな出版社で企画が通ったことはありますが、チャンスを逃しました。

そこはとても有名なわたしの両親でも知っている出版社でした。
もし、その出版社から本が出版できていたならば、親も自慢できる娘になっていたと思います。
その時の企画は、『月五万円からのチェンマイ英語留学』でした。
その後、ご縁があり電子書籍でマイナビから出版させていただきました。
本来ならば、二〇一二年に紙媒体で某出版社から出版する話でした。

もし、あなたが選べる立場ならば選べば良いと思います。

 

文章が下手だと出版ができないこともある

一度わたしの企画が通って大きな出版社で出版が決まったことがあります。
ですがわたしはそのチャンスを逃しました。
理由はズバリ!

わたしの文章が下手だったからです。

普通の歯科衛生士だったので文章の書き方を知らなかったのです。
〝文章が拙すぎる〟
という理由で、本になる話まで進んでいた話が、なくなりました。
大きな出版社だったので、出版社が編集をしてくれるのだと思っていました。
確かに今まで医療関係の仕事をしていましたが、趣味で小説を書いて手売りしていた時期もありました。
学生時代は読書感想文を書けば、必ずクラスの中の何人かに入り担任の先生がコンクールに送ってくれたりしていました。

作文コンクールで、入選して賞をもらったりもしていました。
その為、当時は〝文章が下手〟という自覚がありませんでした。
でもよく考えたら小説を手売りしていた頃も、周りの反応は「小説?こんな長い文章が書けるなんてすごいね」という次元でした。
わたしが飛び込んだ世界は、長い文章は書けて〝当たり前〟です。
自分の今までの文章に対する基準が低かったことを知りました。

わたしが出した企画は、タイの〝チェンマイ〟で〝英語留学〟という少しマニアックな内容だったので、そこまで時間を割くことができないと言われました。
イチから編集することはできないと企画が流れたのです。
もし、あの時に文章力があれば本が出版できていたのに…と考えると結局は実力がいる世界だと思いました。

芸能人やタレントさんで出版社から「ぜひ!」と売れる見込みがあると思ってもらえたら、編集の人が代筆してくれるのかもしれません。
大手の出版社でしたが、文章が書ける人である程度の誤字や脱字くらいを直せば出版できるレベルの原稿を求めているみたいでした。
出版プロデューサーなど、誰かを間に立てる、または文章が得意な人に編集してもらうなどその後に様々な方法を考えました。

芸能人の場合、自分で書きました!と言っていてもゴーストライターがいることはあるみたいです。
実際に芸能人のゴーストライターをしていたライターさんに東京で出会いました。
「最近で言えば、この本のゴーストライターもされていましたよ」
とご紹介いただきましたが、あれ?その本はつい最近、○○(芸能人の名前)がインタビューで自分が書いたような言い方だった気が…ということがありました。
もちろん、ご自身で本当に書かれている芸能人もいらっしゃるとは思います。

 

オーストラリアのワーキングホリデーでチャンスを掴んだ秘話!

セックス学校で学んだその体験を綴った著書『歯科衛生士が教えるかわいいオーラルセックス』が二〇一四年に星雲社から商業出版されました。
この本には、歯科衛生士のわたしにしか絶対に書けない専門的な口に関する内容も書かれています。
歯科医院の現場で、臨床経験があるからこそ得られた視点での情報も書籍に綴られています。
わたしは、わたしにしか書けないテーマの本だったから無事に出版できたと思っています。

わたしは二〇一三年にオーストラリアに英語の勉強を兼ねてワーキングホリデーに行きましたが、結局語学の勉強はまともにせず、日本語ばかり勉強していました。

お金を払えばプロの作家が代筆してくれるサービスもあったのかもしれませんが、当時はそのような考えも思いつきませんでした。
また、日本語ができないと本が出版できない!
とにかく、拙い日本語から抜け出さねば!と勉強をしました。

シドニーにある日本人の女性が経営している日本の書籍がたくさんある古本屋さんに何度も足を運びました。
日本語の勉強になりそうな本を見つけては読み、日本語をずっと勉強しました。

出版したいあなた!
あなたしか書けないテーマ。
あなただから書けるあなただけのストーリーを見つけてみてください。

 

文章が下手だと〝得〟はない

経営者は忙しいので誰かに代筆依頼をする、または取材をしてもらう形で本を出版する人が多いです。
本の出版に関しては、文章が書けなくても様々な方法で解決ができると思います。
大体のことは、お金さえあれば解決ができます。

けれど、最終的には文章が下手だと〝損〟はあっても〝得〟はありません。
人気ブロガーにもなれないでしょうし、連載依頼も難しいです。

もし、執筆依頼や新聞連載などの依頼が来た時に自分でサラッと書ける方が得だとは思います。
新聞連載の場合は取材をしていただけるならば問題ないと思います。
わたしが一時期、新聞で連載をしていた時は一日でまとめて取材をしていただき、編集者が文字起こしをしてくださり毎月小分けして掲載されていました。
逆を言うと、文章が上手だと〝得〟しかないと思います。
最近は多くの経営者がメルマガを発行していますが、文章に引き込まれるメルマガなのかは重要になります。

 

過去の教訓から、わたしが今でも努力していること

執筆依頼に関しては、基本的には編集が必要のない人に依頼するケースが多いです。
実際に現在、連載しているコラムは基本的に一字一句修正されないまま掲載されています。
わたしは今でも文章が下手だと思っているので、時間があれば常にスマートフォンやパソコンに向かってひたすら執筆をしています。
毎日、少しでも文章が上手くなるように経験を積んでいます。

「めいさんは文章がかけて良いですね」
「めいさんのブログ、面白いです」
と言っていたけることも増えましたが、もっと上手にならないといけない!と思っています。
文章がすごく上手な人に、どうやって勉強されたのか、好きな作家についてお尋ねしたこともあります。

〝自分の強み〟がわかっていると良いとは思います。
例えばわたしの場合ですが、自分の強みは企画・構成・執筆のスピードは遅くないとは思っています。
ちなみにこの本は三万五千文字以上ありますが、本の企画、基本的な構成と執筆は一日で書き上げました。
そこから具体的な読者対象を絞り、彼らの求めている情報を調査しました。
最初の原稿の三倍くらいの量に内容を濃くする作業に数日必要でした。
それと同時に表紙のイメージをデザイナーさんと相談して、この書籍の次に発売する予定の本についても話し合いました。
今は妊娠中なので、頭も回らないし体調優先で動いているのでこのくらいのスピードです。
それでも書こうと思えば一日に五千文字から一万文字くらいは書きます。

 

紙の本発売と同時に電子書籍版が出る本とでない本の違い

紙の本発売と同時にKindle版が出る本とでない本があるけどあの違いは何?!
著者の意思で決められるものなの?!

今までにそのような疑問を持ったことはありませんか?

わたしは海外在住なので、すごく欲しい本に限って電子書籍化されてないから困ることが多いです。
実用書で今すぐ欲しい!という本に限ってKindle化されていないことも多いです。
結論から伝えると、紙の本発売と同時に電子書籍版が出る本とでない本の違いは出版社と著者次第です。
出版社が電子書籍に対応していない場合もあります。
わたし自身、著書の内容が〝オーラルセックス〟なので電子書籍になっていたら読みたい!と言われたことがあります。
かなり多くの人に同じ意見を言われたので、当時の担当者にその旨を伝えたら対応していないから難しいとのことでした。

驚いたことに、大きな出版社なのでここの書籍は電子書籍化されているでしょう!と思ったらされていなかったりもします。
実際にイギリス・ロンドンで著者の方にお会いする機会がありました。
お会いするまでにご著書を拝読したいと思い、 電子書籍版を探しましたが見つかりませんでした。
お会いした時に「大手の出版社さんの本だったのでご著書が、電子書籍になっているか探したけれどされていないのですね」と伝えたら「そうなの!」と話を聞いているとご自身の意志ではなく出版社側の都合でできていないみたいでした。

また、著者の意思で電子書籍にしたくない場合は断ることもできます。
出版社が自社の本を電子化しようとしても、著者の許可がないと電子化できません。

 

第四章 出版して人生が変わった!

二〇一四年一月に日本帰国、五月に夢の出版

出版プロデューサーさんにお願いをしていたので、出版社とすぐに契約が決まりました。
そして、同年五月には夢の出版ができました。
ずっと夢見ていたことだったので、とても嬉しかったです!

本の表紙の帯、プロフィールも顏出しOKにしました。
今後、歯科衛生士として夜のお口事情を執筆したことで、歯科医院に雇ってもらえない可能性も考えました。
しかし、それならば夜のお口事情の唯一無二の歯科衛生士としてフリーランスになれば良いと思いました。
歯科医院に雇われるだけが全てではありません。
わたしの歯科衛生士という国家資格は、わたしが好きに使えば良いのです。
実際には、その後は本を出版してできた歯科関係者の人脈で歯科医院に務めたりもしました。
本を出版したことがマイナスになることはありませんでした。
本を出版できたことにより、著者としてのネットワークもできました。

幼少期に誓ったこと
〝本を書くような面白い人達の輪の中に入りたい〟
わたしはその夢を叶えたのです。

実際に商業出版してテレビ、雑誌、新聞連載、ラジオ、取材殺到

二〇一四年は二九歳で、ギリギリですが二〇代の歯科衛生士が本を出版!しかも内容が面白い!とテレビや雑誌と色々とお話をいただきました。
あのレジェンド加藤鷹さんと東京スポーツ新聞での交互連載もしました。
また、ラジオでも声を掛けていただきシンガーソングライターとして活動をしていた時の楽曲も流していただきました。

「愛を語る歯科衛生士」というような肩書きをいただいたり、芸能事務所に入れていただいたりと本を出版してからは夢のような日々でした。

依頼されて〝このような形で連載していただけますか?〟というものは多かったです。
自分からぜひやりたい!とやらせていただいたお仕事もありますが、雑誌の取材と新聞連載は依頼されてやらせていただいたお仕事です。

雑誌は、カラーページでわたしの特集を組んでいただいたりもしました。

こちらが本を出版してからやらせていただいたお仕事です。
「週刊現代」(講談社)の取材は、わたしがロンドンにいる時でしたが、日本とロンドンでやり取りをしました。

TV

「5時に夢中!」(TOKYOMX)

紙媒体

「おとこの粋時間」(コスミック出版)
「FLASH」(光文社)
「SPA」(扶桑社)
「東京スポーツ」隔週水曜日でコラム連載
「壮快」(マキノ出版)
「壮快Z」(マキノ出版)巻頭グラビア
「週刊現代」(講談社)

インター ネット

恋愛とメイクのハウツーサイト「ハウコレ」

連載

「東京独女スタイル」連載
「美レンジャー」(小学館)
スピリチュアルサイト「TRINITY」連載

ラジオ

【ベイエフエム】パワーベイモーニング
ShibuyaCross-FM

「5時に夢中」大好きなテレビ番組にも出演!

大好きなテレビ番組にも呼んでいただきました。

歯科衛生士の本が商業出版できたら、わたしはこの番組に出演する!と決めていた番組に本当に出演できました。
出版関係繋がりで、岩井志麻子先生にも直接お会いすることもできました。

二〇一五年一月二八日水曜日。
「5時に夢中」本日の追跡!ベスト8の「現代のマスク事情を追跡!」に出演しました。
元AKBの川崎希さんとご結婚されたアレクさんことアレクサンダーさんが取材して下さいました。

【仲谷めいが教える『マスクモテテクニック』】
1.帰り際、男性にバレないように素早くマスクを 装着
2.男性の隣へ、ソ~っと移動
3.唐揚げを箸でつまみ、「〇〇さ~ん、お口を開けてくださ~い」と言ってお口へIN!
これで、男性は一瞬のうちにメロメロに!
視聴者の女性の皆さんも、このテクニックやってみてはいかがでしょうか?
というような内容でした。

 

わたしがこの人は一生出版できないなと思った人の特徴

出版すると、今までの知り合いから「本当に出版したんだ!」みたいな感じの雰囲気になりました。

わたしはずっと、出版したい!出版したい!と色々な人に言っていたので、夢が叶ったんだね、と思ってくれた優しい仲間もいます。
日本人の特徴なのか、マナーのある大人だからかわからないですが出版に興味があっても露骨に聞いてくる人はあまりいませんでした。
「わたしもめいさんみたいに出版したいんです」
これは、よく言われました。
わたしの親しい人は常識がある人が多いというか、嫌だなと思ったことはあまりないです。

ここからは、ぶっちゃけ話になりますが、
この人どういうつもりで言ってきているの?
このままのマインドならば、一生出版できないでしょ!
というか仕事が成功できないタイプの人間だな…
という人の特徴をお伝えしようと思います。

正直、すごくイラッとしたのは
「出版で面倒なのは嫌だけど、めいちゃんの人脈を紹介して!楽に出版したい!」
と、知り合いに言われたことです。
わたしが本を出版するまでにどれだけ苦労したと思っているのだろう…
と驚きました。

こういう言い方をしてくる人は無料で紹介して欲しいということですよね。
わたしは自分が人にお願いするときは、印税の半分をお支払いしますから繋いでいただけますか?と聞きます。

実際にそのように聞いた経験があります。
本を出版した後、東京に住んでいたことや積極的に自分の本を売り込んでいたので著者仲間や知り合いができました。
どうしてもこの出版社から本を出したい!と思った企画だったので、その出版社から本を出されていた著者の方にその旨を伝えました。
著者に出版社を繋いでもらうことは当たり前のことではないです。
大変、有り難いことです。
もし、知り合いの著者が
「めいちゃんの本、この出版社さんなら合うと思うから紹介しとくよ~」
と、相手から言っていただけた場合はまた少し違いますが…

自分からお願いする場合は(相手との関係性にもよりますが)、ある程度覚悟して頼んだ方が良いと思います。

出版社に繋いでもらうということは、出版プロデューサーにお願いするようなものです。

自分からお願いする場合は、出版ができた場合は印税の半分を渡すくらいの覚悟で聞くべきだと思います。
また、「出版で面倒なのは嫌!」や「楽に出版したい!」という言い方も苦労して出版した人に言う言葉ではない気がします。
確かにコネなし、金なしでも書店に並ぶ出版はできます。
面倒なことは嫌で楽に出版したいならば、何百万か支払ってプロの方に代筆してもらって自費出版したら良いと思います。

また、様々な情報やノウハウなどを無料でわたしが提供すると思って聞いてくる人も多いです。
「○○のやり方を教えて欲しいです」
と言われてコンサル料いくらになると伝えたら無料ではないことに驚く人がいます。
わたし自身、その○○のやり方を習得するのに高額セミナーに通って、色んな本やネットで調べて勉強をしたのに何で無料だと思っているの!?ということはよくあります。

くれくれマインドだけだと出版だけでなく、その人のやりたいことはなかなか上手くいかないと思います。

また、お礼をするなら何でもやってもらえるかな、みたいなマインドでお願いするのもどうかと思います。
以前、全く知らない人から、
「お礼をするからロンドンで○○を買って送ってくれませんか?」
とSNSのメッセージ機能を使って言われたことがありますが、お断りしました。
Facebookで普段からコメントやいいね!があると誰なのかわかるのですが、どこかの交流会で出会ったのかブログの読者なのかもわかりませんでした。
お礼といっても、一体いくらくらいを考えていたのかもわからないですし、まず誰だろうと思いました。そして何よりやりたくないと思いました。
一応、その買ってきて欲しいと言われた物について夫に聞いてみましたが、近所には売っていないような商品でした。
お礼云々でなく、自分がやりたくない、ピンとこない、必要以上に疲れそう、ワクワクしないことは引き受けないことにしています。

 

自分からアプローチではなく依頼されての出版について

依頼されての話は長くなりますが、一冊出版すると次の出版はしやすくなる印象があります。

テレビ、雑誌、新聞連載、ラジオ出演などメディア露出の依頼は増えました。
実際に大好きなテレビ番組にも出演できました。
出版してから、連載、講演会、商品発売の依頼などたくさんいただきました。
自分からアプローチではなく依頼されての出版についてですが、第三者がわたしを気に入ってくれて出版社に売り込んでくれたことは何度かありました。

マイナビ出版から発売しているチェンマイの留学本は、繋いでいただいたご縁で発売することができました。

『歯科衛生士が教えるかわいいオーラルセックス』の男性版が出版できるようにと繋いでいただいたこともあります。
出版社の一人の方が気に入って下さって、企画会議に持って行って下さいました。
でも、その企画が企画会議に通らなかったので、その時は出版にまでは至りませんでした。

 

本当に金なしコネなしでも商業出版はできるのか?

何度もお伝えしていますが、金なしコネなしでも商業出版は可能です。
基本的には人脈があると、出版への道のりが早くなる可能性はあります。

文章が書けると誰かに代筆作業をしてもらわなくてよいので、作業をしてもらった代金を支払わなくて済みます。
また、出版社から「ぜひ、本にさせてください」と言われている立場ならば、執筆ではなく取材形式で良いのかを聞いてみることも手です。

文章を完全に一冊分丸ごとを代筆してもらいたくて〝金なし〟の場合は、成功報酬でOKの出版プロデューサーを見つける方法があります。印税の割合を相談すれば良いと思います。
コネがなくても、出版プロデューサーが出版までを手伝ってくれます。
出版社は誤字脱字や多少の編集はしてくれますが、どの程度を編集してくれるかはケースバイケースだと思ってください。
自分から企画書を持っていくか、出版社からオファーを受けるかでも違うと思います。
拙い文章でも担当者が、全てを書き直した話を聞いたこともあります。
商業出版をしてからは、様々な出版関係者に出会いました。
「あの本は、著者の文章が酷かったから担当者が丸ごと書き直したらしいよ。本当に全部と言って良いほど全てを直したらしいよ。大変だったみたい」と聞いたのです。

えええ!
そんなことまでやってもらえることもあるんだ!と、わたしは自身の経験と照らし合わせて驚きました。
出版社は売れる本を作りたいので、これは売れる!と思ったらそこまでやってもらえたりもします。
全部、丸ごと書き直してもこの本の元ネタは絶対に売れる!と自負したのでしょう。
担当者さんはすごくセンスのある人だったのでしょう。
なぜなら、その本はベストセラーになったからです。
すごく話題になり、わたしでもタイトルを知っている本でした。

 

本のプロに望まれて出版する!

本のプロである出版社にこちらからお金を払ってお願いするのではなく「ぜひ出版させて!」と声をかけてもらえれば一番良い形です。
出版社としては売れる本を作りたいと思っているので、その本が売れるのか?ということがかなり重要になります。
ブログから出版したいならば出版社が声を掛けたくなるような話題性(シェア数)やPV数を獲得しているのか。
自分のビジネスに関する本を印税ももらえる無料広告として書店に並べたいならば、〝いかにあなたが発信する情報が読者に喜ばれる内容なのか〟が重要になります。
本の内容にもよりますが、著者として時間を割いて出版をした後もセミナーをしたりして本を販売促進することができるのか、などもあります。
本の企画によっては、その点に尽きることもあります。
つまり、ブログなどの読者がいなくても
・○○の先生であれば、生徒さん(顧客)○人に販売ができる、
・セミナー講師ならば年間○人に集客して販売ができる
などが重要な時もあります。
とにかくいかに、その本に〝売れる要素〟があるのかが大切なのです。
わたしの教訓から言うと、そうする為にはあなたがその本の〝元ネタ〟にならないといけません。出版社からみたら、売れる本を作るのが目的なので、より信憑性がある人を著者にします。

 

メンタル面が強い人の方が何冊も出版できる!

経営者の著者が多い理由として、莫大な広告効果が得られるので出版したいと思う割合が多いということもありますが、メンタル面が強い!という理由もあると思います。
起業家やフリーランスで活躍されている方は、会社に守られていない環境で強く生きている人が多いです。
これは、出版関係者から聞いた話ですが、実際にたくさん本を出されている方は、同じような企画を持っていかれる人も大勢いるそうです。
一つや二つ、企画を奪われたところでめげずにガンガンと前を向けるくらいのメンタル面がある人の方が何冊も本を出版されているみたいです。
実際にわたし自身、最終的には苦い経験を更に自分の〝強み〟に変えて走ることができるメンタル面が備わっていたので出版ができました。
企画が他の人の著書になったままで出版を諦めていたら、今のわたしはここにいません。
当時は相当落ち込みましたが、〝絶対に諦めない!〟〝逆境をチャンスに変えたい!〟というブレない意思がありました。

これは出版関係者の女性からいただいた言葉です。
「一つや二つ、企画を奪われたところで、めいさんが頑張った事実は消えないし、経験値は上がったはずです。
どうせ、本がお好きな方は一冊しか出さないことはないので、一つくらい、企画をあげても痛くも痒くもないわ、くらいに思った方が建設的ですよ」

最後に

国際結婚とハーフの子どもを産む!という夢を叶えに…

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

二〇一四年に夢だった商業出版をした後、わたしは二〇一五年一一月末にスーツケース一つでイギリスに飛び立ちました。

二〇一三年オーストラリアで出会ったイタリア人の彼と結婚するためです。
わたしはワーキングホリデーで、オーストラリアで一年間暮らしていたことがあります。
その時に付き合っていた彼のことを、どうしても忘れることができませんでした。
一度は別れを決めた彼とは、ロンドンで再会するまでは、元カレ元カノという関係でした。
連絡は取り合っていたものの、彼氏彼女ではなかったのです。
わたしは、今度会う時には復縁するだけではなく結婚する!と心に決めていました。
結婚する相手は、彼しか考えることはできなかったのです。

彼はイギリスにいました。
一大決心をして、ロンドンへ会いに行くことにしたのです。
当時、わたしのイギリスの知識は赤いバスが走っていて、曇りの日が多い!というくらいでした。
だけど、行けばなんとかなるだろうと思いました。
そして、再会。
すぐに復縁することができました。

二〇一五年、ハロウィンの日に結婚。

そして、この本を執筆している二〇一八年一月。
二月に出産です。
そうです。
子どもの頃から夢だったハーフの赤ちゃんがもうすぐ誕生します。

夢は叶います。
だから、あなたの出版する夢も叶えてくださいね。
応援しています★

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ゼロからはじめる商業出版【補足解説】

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出版日  二〇一八年二月一四日

著 者  仲谷 めい

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